意匠の登録要件(2)・・・新規性と創作非容易性

 登録を受ける意匠は、新しい意匠でなくてはならず、 また、容易に創作できない意匠でなければなりません。ここでは、意匠の新規性を判断する際に用いる 類否判断の基準および手法と、創作が容易であるとされる意匠の例を、特許庁の審査基準に沿って説明します。

 (1)新規性・・・意匠の類似判断の基準・手法は?

 既に登録され公表されている意匠、雑誌やインターネットに 掲載されている意匠およびこれと類似する意匠は、創作性がないとして登録できません。

 意匠の類似判断の基準・手法

それでは、既に登録され公表されている意匠と 類似するかしないかの判断は、何を基準にどのような手法によって行われるのでしょうか。

 

意匠法では、意匠の類否は「需要者の視覚を通じて起こさせる美感に基づいて行うもの とする(第24条第2項)」とあります。

 

これでは、あまりにも漠然としているので実際に具体的な例を挙げて説明します。手順を理解 していただくため、少々、話を単純化します。

 

この2つの柱時計は類似でしょうか、それとも非類似でしょうか。

       

例えば、あなたは左のまるい柱時計の意匠を創作して出願したとします。これに対して、 特許庁の審査官は、右の四角い柱時計を特許庁の登録原簿から探してきて、これと類似するから、 あなたの意匠は新規性がないので登録できないという拒絶理由を通知してきました。

 

特許庁の審査基準には、意匠の類否判断は以下の手法で行うと書いてあります。


     @ 対比する両意匠の意匠に係る物品の認定及び類否判断
     A 対比する両意匠の形態の認定
     B 形態の共通点及び差異点の認定
     C 形態の共通点及び差異点の個別評価
     D 意匠全体としての類否判断

以上の手順をもとに、審査官はどのような順序で両方の柱時計を類似であると結論付けたのか、 そして、あなたとあなたの弁理士はそれに対して、意見書でどのような反論をして審査官の判断を覆し、 登録査定に持っていったらいいのか、下の表に整理してみました。

判断の順序 審査官(拒絶理由) あなた&弁理士(意見書)
@ 意匠に係る物品の認定・類否判断

物品は両方とも「柱時計」 = 同一

A 形態の認定 枠、文字盤、針
B 共通点及び差異点の認定 共通点:文字盤   差異点:枠、針
C 共通点及び差異点の個別評価 共通点(文字盤)の方が影響大 差異点(枠、針)の方が影響大
D 全体としての類否判断 類似 非類似

 話を展開します。@〜Bについては審査官とあなたとの意見に相違はないものとします。

<審査官の意見>

審査官は次のような判断を拒絶理由通知に書いてきました。

 

すなわち、両意匠の共通点と差異点の 意匠全体の美感に与える影響の大きさを評価すると、共通点であるところの文字盤の数字や模様の形態の 方が、差異点であるところの枠および針の形態よりも、意匠全体の美感に与える影響が大きい。

 

なぜなら、需要者は、文字盤の見やすさに注目して、 どの柱時計を買うか判断するからだ。よって、両意匠は全体として需要者に対して同じ美感を与えるため、 両意匠は類似する。

 
<あなたの反論>

これに対して、たとえば、あなたとあなたの弁理士は 意見書を提出して、次のように反論します。

 

すなわち、共通点であるところの文字盤の数字や模様の形態よりも、 差異点であるところの枠および針の形態の方が、意匠全体の美感に与える影響が大きい。

 

なぜなら、需要者が最初に複数の柱時計を見ときに受ける印象は、 人の顔を見たときの印象と似ていて、外枠が円いか四角いか、また、目やひげを思わせるような針の形によって 左右される。引用意匠は外枠が角張っていて、針も尖っているため、需要者に怖い印象を与えるが、出願に係る意匠は外枠が円く、 針の形状も矢印のようで、全体として優しい印象を有する。

 

よって、両意匠は全体として異なる美感を有するため非類似である。

  (2)創作非容易性・・・どのようなデザインが「容易」と判断されるのか?

新規性があると判断されても、 既に世の中にあるデザインをもとに、簡単に創作できたとされる創作性が低い意匠は登録されません。

 

なぜなら、誰もが容易に創作できるような意匠は保護する価値はないし、そのような意匠について 強い独占権を与えてしまえば、世の中のほかの人が当たり前のデザインを実施できないことに なってしまい、公益に反するからです。

 

では、具体的に、どのようなデザインが「創作容易」であると判断されるのでしょうか。 特許庁の審査基準には次のような例が出ています。

 

@置換の意匠

公然知られた意匠の構成要素の一部を、 当業者にとってありふれた手法によって、ほかの公知の意匠と置き換えたものは登録を受けることができません。

 

ここでは、出願の意匠は、公知である道路用柵の模様の一部を 構成する動物の顔を貝殻に置き換えただけの意匠となっています。

(上の絵図と絵図に付属の説明は特許庁公表の「意匠審査基準」に掲載のものを複写・引用したものです。)

公知のスピーカーボックスの上部に配置されているスピーカーを、 別の公知のスピーカーと置き換えたものです。

(上の絵図と絵図に付属の説明は特許庁公表の「意匠審査基準」に掲載のものを複写・引用したものです。)

A 寄せ集めの意匠

複数の公知の意匠を当業者にとってありふれた手法により寄せ集めたにすぎない意匠は 登録を受けることができません。

これは、@の「置換の意匠」の絵と似ていますが、公然知られたスピーカーの二つの部分を、 当業者にとってありふれた手法によって寄せ集めて一つの意匠としたものです。

(上の絵図と絵図に付属の説明は特許庁公表の「意匠審査基準」に掲載のものを複写・引用したものです。)

B 配置変更による意匠

公然知られた意匠の構成要素の配置を当業者にとってありふれた手法により変更した にすぎない意匠は登録を受けることができません。

 

これは、公知のイコライザー用増幅器の表示部と操作部の配置を、当業者にとって ありふれた手法によって変更したものです。

(上の絵図と絵図に付属の説明は特許庁公表の「意匠審査基準」に掲載のものを複写・引用したものです。)

C 構成比率の変更又は連続する単位の数の増減による意匠

公然知られた意匠の全部又は一部の構成比率や、繰り返し連続する構成要素の単位の数を 当業者にとってありふれた手法により変更したにすぎない意匠は登録を受けることができません。

 

上の図は、公知の「回転警告灯」の意匠ですが、警告灯単位体の積み重ねの数は二段です。 出願の意匠は、これを当業者にとってありふれた手法により六段に増やしたものにすぎません。

(上の絵図と絵図に付属の説明は特許庁公表の「意匠審査基準」に掲載のものを複写・引用したものです。)

D 公然知られた形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合を
  ほとんどそのまま表したにすぎない意匠

自然物や著名な絵・彫刻・建造物など、公然知られた形状や模様の全部または一部を、 ほとんどそのまま表したにすぎない意匠は登録を受けることができません。

これはピーマンを模した「ペーパーウエイト」の意匠ですが、文鎮などの形状を植物などの 形状に模することは当業者の間で通常行われている手法です。

(上の2枚の絵図のうち左のものは特許庁公表の「意匠審査基準」に掲載のものを複写・引用したものです。)

E 商慣行上の転用による意匠

本物のオートバイのおもちゃを作ったり、 パソコンの形状と同じ形状のチョコレートを作ったりするなど、非類似の物品の間に当業者にとって 転用の商慣行というありふれた手法がある場合に、おもちゃやチョコレートなどの転用された 意匠は登録を受けることができません。

(上の絵図と絵図に付属の説明は特許庁公表の「意匠審査基準」に掲載のものを複写・引用したものです。)
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