特許成立の要件(2)・・・新規性・進歩性・先願の地位

前のページで特許の対象は「発明」でなければならない とお話しましたが、この要件をクリアした出願は、さらに以下の3点について重点的に審査されます。

    
 あたらしいものであること(新規性)
 容易にできるものではないこと(進歩性)
 最も先に出願されたものであること(先願)
    

これらは、前のページで述べたところの、発明は「創作」でなければならないことと 重なる点もあるのですが、特許制度の目的が技術の累積的進歩による産業の発達にあることを考えれば、 既に世の中に出ている新しくない技術や、容易に考えつく当たり前のものに独占権たる特許権を与えてしまうと、 技術の累積的進歩産業の発達に貢献しないばかりか、 既に実施されている技術を実施できなくなってしまう ことになり、かえって産業の発達を阻害して しまうことになってしまうからです。

 

また、同じ発明が同時期に出願されて両方とも特許になってしまうと、世の中に 同じ技術について2つの独占権が成立してしまうことになり、権利のバッティングが起こってしまいます。

 

ご自分の発明が特許になるかどうかを判断するためには、特許庁はどのような基準で、 これらの特許要件を審査するのか、ある程度知っておくことが必要です。

 
  (1)新規性
 

 「新規性」とは、新しいことですが、発明が「新しい」とは言えない場合には 次の3つの場合があります。

 

 公然知られた発明

世の中の不特定の人によって、公然と知られていることです。「不特定の人」とは、 いわゆる守秘義務がない人をいい、多数でなくても(一人でも)該当します。ただし 、「知られている」とは「技術的に知られている」という意味で、 技術内容が分からない子供などに見られたというだけでは、「知られた」うちには入りません。

 

したがって、発明をしたら、出願するまでは絶対に他言してはなりません。

 

 公然実施された発明

既に世の中で公然と実施されている発明です。これは、現実に@の公然知られているかどうかとは関係なく、 公然知られる状態で、または公然知られるおそれがある中で実施されている発明も該当します。 例えば、誰でも入ることができる工場の中で従業員の説明を聞けば技術内容が分かるような状態で動いている 機械に関する発明などは、これに当たります。

 

 刊行物に記載された発明、または電気通信回線を通じて
   公衆に利用可能となった発明
  

雑誌インターネットのホームページなどに掲載され、 だれもがまねできるようになった技術(発明)です。ここでは、雑誌やホームページが、 実際に誰かに読まれたかどうかは問題ではなく、雑誌などが読まれる状態に置かれて いるか、または、ホームページがアクセスできる状態になっているかが問題となります。したがって、 「秘密刊行物」などは対象外です。

 
  (2)進歩性
 

「新規性」の要件を満たす新しい発明であっても、 容易にできる発明には独占権は付与されません。とはいっても、この「容易」であるか否かの判断は 一筋縄ではいきません。特許審査において通知される拒絶理由通知の8割から9割が、この「進歩性欠如」なのです。

 

従来技術にちょっと毛が生えた程度の発明に簡単に独占権を与えられないという審査官と、 お客様のご依頼を受けて何とか特許査定を取ろうとする弁理士との、永遠かつ壮絶な戦いがここにあります。

 

ここでは、特許庁が「特許審査基準」によって、進歩性判断の手法はこういうふうにやっていますと 公表しているものを、普通の人が分かる言葉に直して以下に示します。

 
 

 進歩性判断の手法

まず、審査の対象となっている発明が、この技術(発明)をもとに容易にできたものであるという ことを説明するのに適した、もとの公知技術(発明)を選びます。これを「引用発明」といいます。

 

次に、審査対象の発明と@で選んだ引用発明の、一致する点相違する点を はっきりさせます。

 

一致点ばかりで相違点がなければ、両者は同じ技術(発明)ということになり、進歩性の前に 上述の「新規性」がないことになりますので、相違点があることが進歩性判断の前提となります。

 

次に、この2つの技術の相違点の溝を埋めるための「論理づけ」を試みます。どういうことかというと、 引用発明Aと審査対象の発明Bを比較して、AとBを結び付ける糸をさがします。例えば、AからB に至ったのは、Aよりも適した材料を選択しただけ(最適材料の選択)であるとか、 BはAの単なる設計変更に過ぎないとか、また、BはAと他の公知技術との 単なる組み合わせに過ぎないとか、両者を結び付ける「論理づけ」を試みます。 そのほか、Aや他の公知技術の中に、Bを思いつくようなきっかけ(動機)となるようなものがなかったか、 などを調べます。

 

このようにして、「論理づけ」すなわち両者を結びつけること、ができたときは「進歩性なし」 との判断となり、どうやっても「論理づけ」ができない場合には「進歩性あり」ということで、 めでたく進歩性の要件をクリアしたことになります。

 

また、審査している発明が引用発明に比べて、その効果が予測できないほど大きいとかいう場合には、 その程度によって判断は「進歩性あり」の方にプラスに働きます。

 


特許庁の審査官は「進歩性欠如」の拒絶理由のなかで、必ず、上記 引用発明をあげ、 のうちのいずれかの論理づけが できることを書いてきます。

 

これに対して、私たち弁理士の方は、審査官の引用発明選定の過程で引用発明のとらえ方に 間違いがあったとか、論理づけが不当になされたとか、また、引用発明と比べて効果が比類なく 大きいとか、意見書の中で反論します。しかし、反論が無理なときは一歩引いて、補正書によって、 発明の内容を狭めたりして、引用発明と結びつく部分を削って、「論理づけ」ができないようにします。

 

蛇足になりますが、よく特許査定率が高いことを売りにする特許事務所が見られますが、 そういう宣伝は素直に受け取るべきではありません。

 

従来技術に対して絶対的進歩性を有する発明など、 そうあるものではありません。審査官は、進歩性が微妙な多くの発明に対して、 まずは引用発明からの論理づけができる点を示して、出願人(弁理士) が意見書などでどう反応してくるかを見る場合が多いといえます。

 

そこで、出願した発明を補正して、 権利行使をしてもほかの人にあまり影響を及ぼさない範囲に減縮すれば、比較的簡単に 権利化することはできます。

 

しかし、誰が実施しても権利侵害とならないような権利をとっても、 何らお客様の利益とはなりません。お客様のためにギリギリのところで審査官と勝負して、 できるだけ大きな範囲で権利を取ることが弁理士のアサインメントだと思うのです。

 
  (3)先願の地位
 

特許権は独占権(民法でいう「物権」的権利) であるため、同じ権利が世の中に同時に2つ存在するわけにはいきません。

 

同じ時期に同じ発明についての出願が複数なされた場合の優先順位を決める方法は2つあります。 一つは先に発明を完成させた人に権利を与えるやり方で、もう一つは、発明を完成させた時期に関わらず、 先に特許庁に出願した人に権利を与えるやり方です。前者を先発明主義といい、 後者を先願主義といいます。

 

日本は権利の安定性重視という立場から、先願主義をとっています。どちらが先に発明したかという ことについては、なかなかはっきりさせることができませんが、どちらが先に出願したかということは、 記録が残るのの一目瞭然です(アメリカは先発明主義をとっていましたが、最近大きな法改正を行い、 近い将来、先発明主義から先願主義に移行することが決まっています)。

 

もしも、同じ発明について同じ日に2つの出願があった場合には、特許庁から両方の出願人に協議する よう指令が出されて、協議によって決まった出願人だけが、ほかの特許要件を満たすことを条件に 登録を受けることができます。協議がまとまらない場合や協議ができない場合には、 両方の出願人とも特許を受けることはできなくなります。

 
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